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【特別編】中川翔子さんコラムに登場!!

最近、無意識に蒔いていた種が後になって実を結んでビックリすることがあった。
20代の前半だろうか、私が何かの思い付きで蒔いた種かもしれない。正確には覚えていないし、それが本当に種だったのかどうかも分からない。今になって、「もしかしたらあれがきっかけだったのか…」と思い出し、自分でも驚いた。

私は昔から「好き」と思うことを深く考えずブログに書いてきた。誰が見てるとかも考えず思うがままに書いてきたが、その「好き」が種となり後になって実を結んだのだ。それは昔の私が投げたボールを、今の私がキャッチするようで、時を越えて昔の私が今の私の人生と繋がってくれたのだ。

実は似たようなことが20代を過ぎてから度々あった。そして人間関係にもそれに似たことが時々ある。仕事を通じて出会う方々から、「亡くなったお父さんと仕事したことがありました。」なんて言われることがあり、本当に驚いた。誰がどこでどう繋がるかなんて分からない。先のことなんて本当に分からないということ、これも20代で経験し覚えたことだった。

20代を思い返すと、「あっという間に通過した」と感じる。10代の頃と比べると、20代になって選ぶ服や髪型・メイクも少しは変わったかなと思う。逆に何も変わらない部分もあり、特に内面にはそれがたくさんあったような気がする。相変わらず猫は好きだし、宇宙も深海生物も好き。好きな音楽も映画も漫画もアニメもゲームも変わらない。嫌いな物も勿論あるけれど、それには理由があって、人それぞれだと思う。

「人間万事塞翁が馬」なんてことわざがある。「何が幸で何が不幸かわからない」というこの意味を考え始めたのも、20代に入ってからかもしれない。
20代の私は物事を悲観的に悪い方へと考える癖が強く、大した理由でもないのに消極的になることや落ち込むことがあった。まるで焚き火にバケツの水をあびせるように、煙と共にやる気の炎が消えてしまうのだ。その逆に、大した出来事でもないのに、いきなり炎が燃え上がるように元気になったり、やる気が溢れ出したりすることもあった。そのスイッチのオン・オフのバランスコントロールが難しくて、自分でもどうしたらいいか分からなくなっていた。私の20代は晴天よりも曇り空みたいな気分の日々の連続だった。「私なんか…」という言葉が口癖で、落ち込んだり遠回りをしたり、後悔したり、諦めた時もあった。それでもゲームができて猫と遊べたら、それなりに幸せでもあった。

20代の頃は若さに任せて多少は無茶もできたと思う。やるだけやろう、頑張ってみようと突き進んだり、失敗したりして自己嫌悪もたくさん味わった。それでもなんとか乗り越えてこられたのは、周りの方々に支えていただいたからだと改めて思う。そして応援してくれる皆様にどれだけ励まされてきたか…。それを思うといつも本当に感謝で胸がいっぱいになる。

20代の10年間で、私も世の中も大きく変化してきた。携帯はタッチパネルの液晶スマートフォンになり、電子書籍の登場でいつでもどこでも本が読めたり、アナログ放送は地デジになったり。テレビゲームも進化し、アニメ作品は手書きの手塗りによるセル画の時代が終わり、デジタルアニメに移行した。世の中が目まぐるしく変わっていく中で、様々なニュースも次々と流れていく。私自身も、様々な変化をしなければならない部分がたくさんあった。
だが人の心はそう簡単には変われない。「春夏秋冬」の様な順番もなく、振り向いたり、よそ見したり、立ち止まったり転んだりする。20代の私の心は、10代の名残がたくさんあって、その名残が大人になった部分と共存して、期待と不安、現実と妄想が悶々と頭の中をかき回していたように思う。そんなことが言えるようになったのは最近の話で、その分だけ成長したのかもしれない。

ある日、私に「過去の傷を引きずらないで、今の自分を受け入れて進んでいけば良いんだよ。」と言ってくれた人がいた。そう言われた時、直ぐに返す言葉が見つからなかったけれど、今の私を見ていてくれているのだと感じたし、何故かその人が眩しく見えた。当時の私は、必要以上に過去に捕らわれていたのかもしれない。その人の言葉で初めて気付いたのだった。今になってみると、過去の傷に対する見解は、20代の私より30代の私の方が器用に向き合えている気もする。

20代は10年ある。1年が365日で、その10倍の3650日。これを時間にすると、1日が24時間だから、10年で87600時間になる。その時間をどう使うかなんてことは全く考えはしなかったけれど、漠然と時間には制限があって、「これしか時間が無いんだ…」と思っていたし、焦る気持ちはわずかだが確かにあった。ところが20代の87600時間は、あっという間になくなってしまったように思う。
世間的には20歳で成人となり、お酒も煙草も許され社会に対しても責任も伴うが、なかなか大人としての自覚は持てなかった。お酒や煙草が許されるのは成人からだけど、それは義務ではないから、必ず全員がやるという訳ではない。私にとっては、「成人を過ぎたからこれをやる」とか、そういうことがあまりなかったのだ。

私は10代の頃と特に変わらずに、毎日仕事をして猫達と遊んでいた。そして30歳を超えた今も、10代の「思い出」や「好き」の名残が強く、それが自分を動かす原動力になっている。今という時間が10代の延長で、物語の続きだからだと考えているからだろう。 私が20代に蒔いた種はこれで全部かもしれないし、まだ残っているかもしれない。その残っている種が明日、いきなり芽を出して花を咲かすかもしれない。妄想ではなく、今までそれが現実に起きてきた。20歳の私に逢って、「10年後、私はこうなるんだよ」とか「世間はこうなるんだよ」と教えてあげたら、20歳の私はそれをどう思うだろうか…。素直に信じるだろうか。その時はその時のことで頭がいっぱいだったし、難しいかもしれない。それは今も同じで、今は今のことで頭がいっぱいだ。

20代の頃と同じように、今も慌ただしく目まぐるしい日々が続いている。雨にも負けず風にも負けず頑張るしかないのだ。

「第22回 約束(プロミス)エッセー大賞」に協賛(産経新聞社主催)
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