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【特別編2】中川翔子さん今年もコラムに登場!!

平成も終わろうとしている。平成の前に昭和があり、昭和50年代の後半にはゲームセンターが登場し、インベーダーゲームが流行った。
インベーダーブームが今から約40年ほど前として、昭和の次の元号である平成が発表され、平成は30年続いた。
テレビゲームは平成の30年間で目覚ましい進化を遂げた文化の一つだ。そして平成になって新たに生まれた物の中に「eスポーツ」がある。

年々注目度を増していくeスポーツ。まだ聞き慣れないという方も居るかもしれない。eスポーツとは「エレクトリック・スポーツ」の略である。いわゆる「テレビゲーム」で行う競技であり、主に対戦型タイプのゲームで勝敗を決める。

eスポーツは日本に限らず世界各国で行われている。プレイヤーが増え続けているだけでなく、各プレイヤーでチームを組み、技術レベルも大会規模も拡大し、国ごとにチャンピオンを決めて世界大会を行い、様々なゲームでの世界ランカーを決めているのである。
しかもプロスポーツ選手と同じように賞金が有り、世界大会ともなればスポンサーも付き、その賞金総額は数十億円にも上るらしい。

私はeスポーツの大会に参加したり観にいったことがないので、そのような大会が毎年どのように行われているか、間接的にしか知らなかった。
eスポーツの発展やニュースを耳にする度に、次世代の勢力の熱さを感じ驚かされる。特に驚いたのは2018年の春、通信制の高校が全国初となる、eスポーツのプロ養成コースを開講したということだ。なんと週に2日ある授業では、プロ選手を講師に招いて、実戦形式の対戦プレイや国際大会で必要な英会話、競技に勝つためのメンタルトレーニングなども行っているらしい。

テレビゲームが登場した70年代後半では、主に得点のスコアランキングを競っていた。プレイヤーの得点を表示し、プレイ画面には「ハイスコア」が表示され、得点ランキング画面では「ネームレジ」と呼ばれる、プレイヤーのイニシャルを入力することができた。この「ネームレジ」を画面に残せることで、自己満足が得られていたという。これもひとつの生きた証しでもある。 ゲームセンターのゲームでは、この「ネームレジ」は定番になっていた。

最初のプレイヤー同士の競い合いはハイスコアだったのかもしれない。当時のハイスコアのホルダーは賞金があるわけでもなく、ローカルかつアナログな範囲で優越感に浸れるという程度だった。
その後、日本サッカーにJリーグが生まれ、プロ化してから急速に流行り、庶民の支持を得たようにゲームも人気を増し、さらに新たな新作ゲームたちが盛り上がりを作っていった。

その功労者と言えるのはニンテンドーの「ファミリーコンピュータ」ではないかと思う。
この「ファミリーコンピュータ」が玩具として登場したことで、テレビゲームは子供たちの遊びの文化の中心にまで一気に押し上げられ、子供から大人まで幅広い世代に受け入れられ定着した。

当時の子供たちが今や大人になり、今日には創る側となって、新作ゲームが生まれている。プレイヤーが増えたことで、プレイの優劣にも幅が広がり、上手いと言われるプレイヤーが出現する。
70年代・80年代のアーケードゲーム以前は、アナログなゲームとして「トランプ」「花札」「将棋」「五目並べ」「麻雀」「オセロ」「チェス」などの対戦ゲームがあった。
当時は当時で、そういったゲームにおいて様々な大会が世界で行われてきた。それら「遊びの表現」がデジタルになったことで、今後は「eスポーツ」向けの新作ゲームも、たくさん開発されていくことになるだろう。

テレビ画面内でプレイできて、対戦をメインとする「デジタル化したバーチャル世界」ならではのオリジナルゲーム。
「野球」「サッカー」から「カーレース」「格闘技」など実在する競技、これら様々な競技がデジタルゲーム化し、タイトルも中身も進化してきた。
そして実在するチーム名、選手名、選手の詳細なデータや動きまでリアルに再現し、マニアをうならせた。
実在する競技から架空の競技まで、デジタルの世界には全て存在が許された。
その新たなゲームが流行り、プレイヤー人口が増えれば自然に大会も開かれ、チャンピオンが誕生していく。

80年代のファミコン黎明期には、「名人」いう称号が生まれていたのを思い出す。昭和から平成になり、「名人」は「プロゲーマー」と呼ばれるようになり、現在では正式に「eスポーツプレイヤー」と呼ばれ、プロスポーツ選手の様に競技者として活躍し、世界規模で順位を争うまでになっていた。
インベーダーゲームの作者でも、ここまでテレビゲーム文化が進化発展するなど、夢にも思わなかっただろう。

対戦ゲームと言えば、90年代に「対戦格闘アクション」が大ブームになった。他にも「レース」「パズル」「スポーツ」など、思い付くだけでも様々なゲームタイトルがある。
テレビゲームは主にゲームセンターやパソコンゲームに始まり、家庭用ゲーム機や携帯ゲーム機へと発展し、それぞれのプラットホームで進化しブームとなってきた。

その歴史は漫画・映画や音楽・絵画の進化にも似ている。ゲームジャンルも様々なタイプが流行り廃りを繰り返し、影響を与え合い、進化してきた部分も同じ。作者も様々な分野から専門家が参加し、グラフィックやサウンド、ストーリーなどすべての分野で総合的に進化した。

ゲームセンターやパソコンの時代は、まだテレビゲーム自体は創る側が少ないため、作品もプレイヤーも少なく、マイノリティーのような存在だったと思う。それが今や日陰の物ではなく、大規模な世界会場とたくさんの観戦者の見守るスタジアム・ホールでのステージへと派手に進化発展した。それはゲームという文化がもはやマイノリティーではなく、充分なほどに市民権を得て庶民の生活に浸透し、国境も超えて笑顔で繋がる世界平和のツールとなった。

いつかはeスポーツタイトルを一同に集めて、オリンピックを開いて金銀銅のメダルを授与するような時代にもなるかもしれないと思うと、なんと既に2024年のパリオリンピックでは、eスポーツが行われるというニュースが発表されている。ゲームとオリンピックがつながってしまう日はもうそこまで来ていたなんて、夢のような本当の話。

私もたくさんの夢を妄想してきた。たくさんの夢が叶ったり叶わなかったりしながら生きている。
その夢が無くなるパターンは二種類あると思う。一つめは夢が叶わずに諦めて無くなる場合。そして二つめは、夢が現実に叶って夢で無くなったという場合。
また夢は想い描いた形とは違う形で叶うこともある。意外な形と言えばeスポーツも多くの人にとって、思ってもみなかった新しい夢の形なのかもしれない。

一つの夢が叶い、あるいは破れて無くなったらまた新しい夢を見つければいいと私は思う。頭の中で自由に、たくさん想像して描いて、自分だけの夢を持つこと。それは生きる糧になり新しい元気の源になり活力になり、色んなエネルギーとなって人を動かせるだろう。その先にたくさんの発明があり、笑顔や幸せが広がっていく。昔は、ゲームなんて時間の無駄だと言い放つ大人も多かった。
しかしゲームは、イマジネーションを彩る、人を喜びで結ぶ、素晴らしい時間の使い方だと思う。コタツに入ってゲームをしながら、テレビゲームって凄いんだと、今更ながらしみじみと思う。

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